もうひとつの“顔”One side different

趣味は『ブルース・リー』

趣味は『ブルース・リー』

とにかくブルース・リーに関するすべてのことが趣味。
高校時代からは映画製作もやりました。
運動に関しては10代の中学、高校では器械体操を6年間、
水泳(バタフライ)、陸上(ハードル)、そして17歳か
ら4年間少林寺拳法(2段)。
25歳から3年間フルコンタクトカラテ・芦原会館(初段)。
29歳には有限会社バルヘッドを設立したため、運動はゼロの日々に突入。
随分長い間運動不足が続いていました。
しかし2008年3月、42歳から武道修行を再開しブルース・リーの武術・ジークンドーを始める。そして現在、幼い頃からの夢であり念願だったジークンドー・インストラクターとしてIUMA振藩國術館/JUNFANクラブ/表参道支部長を任され日々活動しています。

拳法狂時代

拳法狂時代

1982年、飯島由敬・高校2年生の時8ミリフィルムにて制作された本作品ですが、2003年の段階でデジタル化し、PCソフトを駆使し再構成して新たに生まれ変わった「2004年版拳法狂時代ディレクターズカット版」
左の写真はシャレで作ったDVDパッケージです。

1982年当時、8ミリフィルムにて地味な作業で完成させた本編ですが、当時から20年以上の経年劣化により、フィルムはかなり傷ついており、映像にはいわゆる"雨が降って"いました。しかし、時代の進化とともに、1982年当時には技術的に不可能だったカット割りなどを実現させることができたり、当時、気に入らなかったシーンを改めて削除したり、音声や効果音の総入れ替え(大切に保管してあった当時の生録音の音源により)とにかく大規模な修復を行い、BGMも当時のモノラル音声からステレオ音声にパワーアップすることができました。

こうして思い出の「拳法狂時代」を制作から20年ぶりにディレクターズカット版として再び生まれ変わらせることができました。

「拳法狂時代」制作の1982年から19年後…

「拳法狂時代」制作の1982年から19年後…

私は、2001年小岩にて「こえどり」という飲食店独立開業をプロデュースしました。そのオーナーは高校生の頃の親友であり、「拳法狂時代」の制作にも携わった人物でした。「こえどり」開業以降、いつしかその店は高校時代の懐かしい友人が多く集まり、卒業から20年後の再会の場となりました。ここで当時の同級生たちはみんな「拳法狂時代」のことを鮮明に覚えており、よく話題に上がりました。そのうち「ぜひ拳法狂時代をもう一度観てみたい!」という声があがるようになり、一度同窓会を兼ねた上映会にまで発展したこともありました。そんなにリクエストに後押しされ、その時の上映会用に再構成したのがこの「2004年版拳法狂時代ディレクターズカット版」なのです。多分、旧友たちのリクエストなかったら、きっとこのフィルムは1982年の当時の雨降り状態のままだったことでしょう。ちなみに、「こえどり」は開業からすでに10年以上運営しており現在も小岩にて大繁盛店として絶大なる人気を博しております。

  • 「拳法狂時代」本編3分33秒の
    ダイジェスト版(2004年)

  • 「拳法狂時代」の予告編
    60秒タイプ 2007年

  • 「拳法狂時代」予告編
    30秒タイプ 2007年

この映画はbh飯島由敬(当時は義博という字でした)が高校時代に自主映画として制作したものである。
当時「ぴあフィルムフェスティバル83」にて全国486本の出場作品の中から予選通過を果たしベスト33本に選ばれ最終審査までコマを進めた経緯を持つ映画です。
当時の審査員には、大島渚氏、大林宣彦氏、大森一樹氏、寺山修司氏(審査期間中にお亡くなりになりました。)など有名な監督さんがいらっしゃいました。

ぴあフィルムフェスティバル83(PFF83) in 拳法狂時代へGO!!

さて、「ぴあフィルムフェスティバル83」に入選後は、様々な自主上映会に参加の声をかけていただき、83年当時からこの映画は日本各地を回ることとなりました。最も印象に残る上映館は池袋にあった文芸座の地下の映画館での上映でした。「ぴあ」が企画した自主映画傑作選のオールナイトでした。大きなスクリーンに自分の映画が上映され、満席の人が見てくれている状況にさすがに大感激でした。

また、本当に昔の話になりますが、三宅裕司さんが司会で放送されていた「えびぞり巨匠天国」(通称エビ天)というTV番組にも、当時何度か出演依頼を受けました。その番組出演はお断りして結局出演しませんでしたが、前番組だった「イカ天」の放映時の「エビ天」予告映像として「拳法狂時代」は放送されておりました。

また、その他のTV関連では、「ぴあフィルムフェスティバル83」開催後に、名古屋の「プレイガイドジャーナル誌」の推薦により中京放送で 「ぴあフィルムフェスティバル 入選作品 」 の傑作選紹介として僅かながら放送されたことがあります。

というわけで、 本当にこの「拳法狂時代」という映画のおかげで、長い期間にわたり、飯島は本当にいい思い出をたくさん積み上げることができました。もちろん2011年の現在も、それは現在進行形ですね。

ジークンドーインストラクター

小学校5年生の時、まだ10歳だった私はその年の4月に人生を左右することになりました。ブルース・リーの映画「ドラゴンへの道」がTV初公開されました。それを機にそれまで野球少年だった私は一気に方向転換しブルース・リーひと筋の人生を歩んでおります。ブルース・リーが残した武術ジークンドーという名称は、当時はまだメジャーではありませんでしたが、今では有名芸能人の多くの方々が学んでおり、ジークンドーという名称を知る方も少なくないでしょう。私、飯島由敬はブルース・リーへの強い想いから遂に今ではジークンドーのインストラクターとして表参道支部を任されるまでとなり後世のジークンドー普及をお手伝いさせていただいております。私にとって、これはある意味、長年目指してきた人生の大きな夢を一つ叶えたといえる大きなことなのです。

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