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bh飯島由敬の趣味の部屋
ぴあフィルムフェスティバル83(PFF83) の会場のホールに使われたフォト。会場では(渋谷パルコパート3のスペース50にて)全作品分が壁面に掲示されていた。 舞台挨拶のため舞台に上がり紹介された。なにも聞かされていなかった状態から突然呼び出され、壇上に上がり、かなり緊張した。 会場で舞台挨拶をする飯島由敬。
自由に作品をPRしてくださいと言われたが、現在とは違って上手に??しゃべれなかった。 「え〜と、まぁ〜適当に作りました。以上です。」
PFF83会場で販売されていたパンフレット
当時の定価で¥600
内部の作品解説ページ

拳法狂時代の部分拡大

IBSクンフーチームとは飯島、馬場、島田(主要出演者)の頭文字を組み合わせて安易に作った名前である。 特に映画制作やアクションを研究しているわけでもなく、またそのようなサークル活動でもない。もともと高校の学園祭の為に作った映画だったのでバンド名よろしく、格好よく、それっぽくするためになんとなく付けた名だった。しかし、 実態はほとんどが飯島が属していた器械体操部のメンバーに協力してもらって作った映画なのだ。(準主役の馬場君以外はほとんど体操部員。)
まさか、PFFの最終審査まで進むとは思っていなかったので、ノリで作った名前、IBSクンフーチームの名のままで出品してしまったというわけだ。そしたらなんとまぁ・・・・

<<ちなみに飯島由敬という名前。当時は飯島義博という漢字でした。(読みは同じ)、会社経営6年目のbh分社を節目に大変有名な姓名判断の先生のアドバイスを受け、漢字を変えてしまったんです。会社経営するためにはこの方がずっと良いのだとか。したがって当時の資料や文献はすべて飯島義博の名前になっているのだ。

 

最終審査終了後の祝賀パーティーにて、興奮の雑談会・・・忘れられない思い出だぁ〜!!

大島渚監督と

大島渚監督の拳法狂時代への評論は「いいんじゃない?無邪気で」と一言だけだった。というより話題にしてくれるだけで感激よ!!

この頃、何度かお目にかかることができたが、ちょうど「戦場のメリークリスマス」のPRの頃で常にこの服を着ておられた。実はこの8年後に、偶然に都内某有名ホテルでバッタリ会うことがあり、声をかけさせていただいたが、当然のことながら監督は覚えてらっしゃらなかった。あたりまえか。

 

大林宣彦監督と

PFF83の審査員の中で大林宣彦が最もうれしい評論をしてくれた監督さんだった。評論時間もずいぶんとってくれたから、もう最高の気分でした。

とにかく印象的だったのが、握手したときの大きく温かい手と、サングラスからかすかに見える常に微笑んでるような目だった。監督さんのまわりには常に温かくやさしいオーラがあふれているといった感じだった。いろいろ話したかったが、さすがに緊張して場が持たなかったと記憶している。

 

大森一樹監督と

大森一樹監督も大林監督と同様な評価をしてくれた監督さんだった。大林監督のコメントの後に、「僕も同感です。」何度も言ってくれて。

「素のままの人」という感じの印象だった。例えるとするなら、「近所にいる人気者で物知りなお兄さん」的なイメージ。親しみやすさがにじみ出ていた。
このとき監督さんの中で一番長い時間お話させていただいた記憶がある。写真で抱えているのは審査員の方々の寄せ書きサイン集だ。思いっきりミーハーしてたんだ。この時。

 

 

極めつけ!3大(大島、大林、大森)監督と記念撮影。飯島はしゃがんでいるのであって、決して合成じゃないよ。

 

審査していただいた監督さんたち全員の寄せ書きサイン。本当はここに寺山修司監督の名前も入るはずだったのに・・・・残念でならない。

 

拳法狂時代を最終審査まで推薦し続けてくれた松田政男先生。PFF83の思い出はすべてこの人のお陰だ。パルコパート3・スペース50では、上映が始まった時、近くに来てくれて「君達だけ特別だよ」と言って友人と私に弁当をくれた。上映中に暗がりで弁当を食べたので、周りにジロジロ見られたが、上映終了後、明るくなった時なおさらスクリーンに映っていた人物が私だとわかりやすくさせてしまったようで、かえって目立つ羽目になってしまい、よりジロジロ見られることとなってしまった。

「左の写真を撮影した直後に、「君との記念撮影はやっぱりこれだろう」って言って突然蹴りをいれてきた。「さぁ!早く!早く撮れ!早く〜っ!」と絶叫してた。
しかし、この後・・・
「あいててて・・足がつっちゃったよ !」と言って、床に座り込んでしまった。「だめだな。やっぱり君みないにはいかないよ」と一言。
面白いおじさんだった。(あっ、おじさんなんて失礼いたしました。先生ですよね。)